人を斬る理由

 人を斬る理由

 相手の刀が脇腹に刺さり、内臓まで達した。膝をついて大きく咳き込み、後ろに倒れる。視界には憎らしいほどの星空と自分を倒した男の顔。耳の近くに心臓が来たかのように鼓動が大きく聞こえる。ああ、死ぬんだ。今に奴は俺を楽にするため止めを刺すだろう。義理堅そうな、優しそうな青年だった。剣を交えてわかった。出会い方が違っていれば友人になれたかもしれない。
 すこしでもやりやすいように首を傾け、目を閉じる。そうすると、いわゆる走馬灯というものがまぶたの奥で始まった。

 奉公の日々、帰りを待つ美しい妻。下級武士の身ではあまりうまいものを食わせてやれなかった。新しい着物を買ってやれなかった。次に母。おれが十五の時、死んだと報せが来た。何年も会っていないままだった。赤ん坊のおれはこんな人生になるなんて知らずに無邪気に風車なんかを持って笑っている。
 ああ、これで終わりだ。
 からからから、と風車の音が大きくなる。その音につられて景色がすごい速さで駆け抜けていく。走馬灯とはよく言ったものだ。本当に馬の上にいるようだ。
 ……どういうことだ?
 まだ巻き戻っている。ここはどこだ?
 からから、からから、から……
 風車は止まった。
 そこは知らない家だった。今の家と変わらないくらい貧しそうな家。しかし、懐かしい。そしておれは古臭い着物を着た……女? おれは女? 誰かの帰りを待っている。飯を作って、子を背にくくりつけて。
 がらがら、と背後の戸が開く。そこにいたのは、
 おれを殺した男だ。
 しかし見た目はまるっきり違っていた。しかし、そうだと言える。なぜだか確信できる。利発そうな瞳はそのままだ。
 「ああ、おまえさんや、」
 女のおれは駆け寄る。そうか、これは前世と言うやつか。待てよ、おれとあいつは前世で夫婦だったのか。それがまさか命を奪いあうことになるなんて皮肉だな。

 そこで走馬灯は終わった。そのかわり瞼が開いた。自分はどうやらまだ死んでいない。開いた視界には傍らに倒れる男。自分の刀で腹を切ったようだ。
 「な、なぜ、」
 喋ると血が溢れる。それは奴も同じようだった。
 「ようやく会えたのに……これでは、また……おまえにうまいものを食わせてやったり、着物を買ってやったり……できない、から、」
 今世では敵同士、男同士だったからな。ああ、おれも来世があったら妻に会えたらいいな。また男と女で、同じ故郷の幼馴染同士だったらいい。いや、男と女でなくてもいい。また共に笑い合えるなら……

 男は息絶えた。脇腹から血を流し、安らかに微笑んだまま死んだ。その傍ら、腹に刀を刺したままの男がずるずると這いずっていた。動く度に腹の刀が内蔵を抉るのも気にせず。そして死んだ男の手を掴み、握り締め、笑った。

 「今度はおまえの妻の魂も殺さなくてはいけない……でなければ、また共に笑い合うことなど……」