三年前後のツイッター
三年前後のツイッター昨日から俺のタイムラインが三年前だ。
何を言ってるかわからないと思うけど、言葉の通り、ツイッターのアイコンをタップすると画面内だけタイムスリップする。LINEとかその他SNS、アプリはいつも通りだ。俺の日常もツイッターを開きさえしなければいつも通り。確かに今を生きている。
三年前のタイムラインではフォロワーたちが三年前に放送されていたアニメの実況をしたり、マスクをせずに皆で集まって飲み会をしたり、死んだ友人が栄養ドリンクの空き缶の写真を載せたりしている。
俺が呟くことも可能で、リプライすれば返ってくる。友人に「仕事を辞めろ」と言ったら「もう少し頑張る」と返ってきた。そういえば三年前も同じやり取りをしていたっけ。何も変えられなかった。死んでしまう前日に「お前の家行ってもいい?」と聞かれた時、「掃除するの面倒だから来週にして」って答えたんだよ。あいつに来週が来ないだなんてちっとも思わずに。
23歳という若さだった。雨が多く降ったあの日、川の水が一年で一番多かったあの日に死んだ。どこまで流されたんだろう。「旅行に行きたい、どこか遠くへ行きたい。海が見える街がいい」というのが彼のささやかな夢だった。そんな方法で海まで行かなくていい。どうしたって手の届かないところまで遠くに行かなくていいじゃないか。何度後悔したかわからない。一緒に海を見に旅行へ連れ出せばよかった。
今、三年前の彼と話ができても旅行へは行けない。だったら、別の方法で少しだけ運命を変えたくなった。
@Charo_n1 はじめまして! こきゅさんの描かれるイラストが好きでフォローさせていただきました。女の子の表情が可愛くて大好きです
@Cocytus_312 ありがとうございます! 最近忙しくて絵も全然描けてないけど、そう言っていただけると元気が出ます
俺はかろんという名前のアカウントで近付いた。かろんは女子大生の設定だ。アイコンはフリーアイコンの美少女のイラストにして、ヘッダーもフリーのかわいらしげなものにして、プロフィールも最大限女の子っぽくした。童貞のまま死んだやつは今頃浮かれきっているに違いない。
それから俺はやつの命日まで必死に女子大生になりきり、普段買わないタピオカミルクティーを買って写真を撮って投稿したり、まめに絵の感想を送って喜ばせた。褒めるとあいつは本当の三年前より絵を描いた。忙しいのに。しまったかもしれない。これで自殺はしなくても過労死なんかされたらたまったもんじゃない。
@Cocytus_312 最近絵のアップが多くて嬉しいんですけど、こきゅさん大丈夫ですか?
@Charo_n1 ずっとやっていた仕事、やめたんです。流石に時間を取られすぎてこのままだとおかしくなるなと予感してました。最近、絵を描くのが楽しくなったのでこれを機にやり直そうと思ったんです。今はちゃんと自分の時間を取れるホワイトな仕事をしているので大丈夫です!
過去が変わった。
よかった。これなら死なない。このツイッターの中なら会えるんだ。一緒に海に行けなくてもいい。毎日好きな絵を描いて元気にいてくれればいい。これからもお前の絵はいいねするしリツイートもする。感想も送る。だから、
どうか長生きしてくれ。
昨日から俺のタイムラインが三年前だ。
何を言ってるかわからないと思うけど、言葉の通り、ツイッターのアイコンをタップすると画面内だけタイムスリップする。LINEとかその他SNS、アプリはいつも通りだ。俺の日常もツイッターを開きさえしなければいつも通り。確かに今を生きている。
三年前のタイムラインではフォロワーたちが三年前に放送されていたアニメの実況をしたり、マスクをせずに皆で集まって飲み会をしたり、死んだ友人がタピオカミルクティーの写真を載せたりしている。
俺が呟くことも可能で、リプライすれば返ってくる。友人に「会って話がしたい」と言ったら「こんな状況じゃなければ私だって会いたい」と返ってきた。知り合って仲良くなってすぐに世の中の状況が変わってしまったからついに会うことは無かった。
あと一歩で自殺するところだったあの日から三年。本当にいろいろと変わってしまった。三年間俺の絵を褒め続けてくれたかろんちゃんがいなくなってしまったのが一番大きい。
「味変わったのかな」
というコメントと共にアップされたタピオカミルクティーを最後にそれっきりぱったりとつぶやきが無くなってしまった。遺族の「今までありがとうございました呟き」を本人のアカウントでするのは見たことがある。でも彼女にはそれがなかった。突然の別れに戸惑った。何度DMを送っても返ってこなかった。あんなに毎日やりとりをしていたのに。
死んでしまう前日だって「こきゅさんと海に行きたい」と言ってくれた。「どうして海?」と答えた。そうしたら「ナイショ」なんて返ってきた。
かろんちゃんが会えない理由は本当は俺もわかっていた。彼女、いや、彼は俺の友人なんだ。不器用で照れ屋だからわざわざ他人になりすまして俺を励ましてくれたんだ。それに気がついた時、こいつより長生きしてやろうと思った。本人にはずっと気付かないふりをしてやった。あいつがとてもうまく知らないフリをするから俺もそうした。
……と思っていたが、あいつは生きている。
本当に何も知らない様子で普通に俺とLINEしている。「かろんちゃんって知ってる?」と聞いても「ああ、お前と仲良いアカウントの」と返ってくる。おかしい。文体も写真の端に映る持ち物も部屋のラグの色も同じなのに。
俺は「かろんちゃん」がいなくなる前のタピオカミルクティーを必死に思い返した。カップに書かれた店名をなんとか思い出して検索した。しかし、店はヒットしなかった。思い違いとかじゃない。
俺は慌てて三年前のかろんちゃんにリプライを送った。
@Charo_n1 かろんちゃんは三年後の人ですか?
今、三年前の彼と話ができても旅行へは行けない。だったら、別の方法で少しだけ運命を変えたくなった。この奇妙なツイッターの中だけで繋がった別の世界の君と会うために。そして、大事な親友を三年後に死なせないために。